国際規格の解説
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国際規格の解説
皆さまはじめまして。株式会社明祥のテクニカルライター、水野です。
私ども明祥は、日ごろから製品マニュアル制作に関する多くのご相談をいただきます。
昨今はその中でも、「“IEC82079-1:2019”という国際規格について知りたい」というご要望が増えており、「国内メーカー各社様でこの規格に関する注目度が高まっているな」と感じています。
そこで、これからしばらくの間、“IEC82079-1:2019”について、シリーズで解説していきたいと思います。
記念すべき第1回目の本記事は、規格の概要を解説してまいります。
なお、本記事は、この規格についての当社の見解・解釈を解説したものです。
規格の正確な内容・記述については、原文を参照してください。
IEC82079-1:2019は、IEC(International Electrotechnical Commission、国際電気標準会議)が策定した国際規格です。
「IEC」の冠がついていますが、他にもISO(International Organization for Standardization、国際標準化機構)とIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)との共同で策定され、この3団体のトリプルロゴとして出版されています。
この規格は、前身であるIEC62079:2001の技術的改訂版として、2012年に第一版(IEC82079-1:2012)が発行されました。
そして、2019年に大幅に改訂されたIEC82079-1:2019がその技術的改訂版として発行されています。
(なお、2012年版から2019年版の変更点については、次回から解説いたします。)
この規格は、製品の使用情報を作成する際のさまざまな要求事項や原則が規定されています。
ところで、ここでいう「製品」とは、どんな内容を指すのでしょうか?
この規格の対象となる製品は、産業向けの機械や装置、消費者向けの家電製品、医療機器や産業プラントなど大がかりで複雑なシステムまでが該当します。
つまりはすべての製品がその対象になるということですね。
では、この規格の内容を少し見てみましょう。
IEC82079-1:2019は10節と附属書Aによって構成されており、各節の概要は次のとおりです。
1節 適用範囲:
規格の対象(製品、情報や人物)や、規格の目的・意図などが規定されています。
2節 引用規格:
この規格は他の規格の内容を引用して構成されている部分があるため、引用元の規格名が記載されています。
3節 用語および定義:
この規格で使われている用語の定義が記載されています。
4節 使用情報に対する要求事項の達成:
この規格で要求されている2つの事項とその達成方法、および達成結果を評価する方法について規定されています。
5節 原則:
使用情報の目的、品質や作成のプロセスに対する基礎的な要求事項が規定されています。
6節 情報管理プロセス:
使用情報を作成するプロセスに対する要求事項(作成のステップ含む)と、各ステップに対する詳細な要求事項が規定されています。
7節 使用情報の内容:
使用情報として提供すべき内容が規定されています。
8節 使用情報の構造:
使用情報を提供する際に考慮すべき体系・構成などについて規定されています。
9節 使用情報の媒体および体裁:
使用情報の提供媒体を決める際に考慮すべきことや、媒体ごとの要求事項が規定されています。
10節 専門的力量:
使用情報の作成に携わるスタッフ(翻訳者を含む)が持つべき力量や習熟度について規定されています。
附属書A 評価の手引:
この規格の要求事項の達成を評価するための方法に関する手引きです。
このように、使用情報の作成に関する幅広い内容に対し、多くの要求事項が規定されています。
そして、その内容をすべて把握するのは、個人的には「かなり難しいのではないか」と感じています。
非常に重要な規格でありながら内容は非常に難解という、ハードルが高い規格と言えるでしょう。
さて、ここまで使用情報という言葉を使ってきましたが、そもそも使用情報とは一体何を指すのでしょうか?
製品の使用に関する情報、これをIEC82079-1:2019の中では使用情報と定義しています。
具体的には次の3つの情報が使用情報に該当します。
1つめの概念情報は、製品を使うにあたって、その目的や操作方法などを使う人に理解してもらえるようにするための概念や説明、といった情報を指します。
例えば、機能の概要説明がこの概念情報に当たります。
2つめの指示情報は、手順や作業の志向の順を追った説明を指します。
操作手順の説明など順番通りに実施するものの説明が、この指示情報に当たります。
3つ目の参照情報は、製品を使用する際に検索する必要がある情報を指します。
例えば、トラブルシューティングやエラーメッセージの一覧などが、この参照情報に当たります。
この3つの使用情報を使って、製品の使用者が、製品を安全に使用するために必要なすべての情報を提供することが求められます。
ここでポイントとなるのが必要なすべての情報を提供するということです。
仮に使用情報を「取扱説明」だけで考えると、「製品を操作する人」に向けて機能の説明や操作方法などを伝えることになります。
しかし、実際には「製品の使用者」は「操作する人」だけではありません。
IEC82079-1:2019では、規格の対象製品のライフサイクルの各段階において、熟練者および非熟練者が行う適切な作業に適用される使用情報を提供することを要求しています。
製品のライフサイクルには、輸送、組み立て、設置、コミッショニング、運用、監視、トラブルシューティング、保守、修理、デコミッショニングおよび廃棄などが挙げられます。
※コミッショニング:
据え付け調整や試運転など、実際に使う前に行う準備作業を指します。
※デコミッショニング:
製品が寿命を迎えた後、廃棄する前に行う必要のある処理や作業(廃止処置や解体など)を指します。
つまり、使用情報には、「製品を使うための情報」だけではなく、「使う前」、「使い終わったあと」に必要となる情報も含まれるということですね。
このことを踏まえると「製品の使用者」には、「組み立てや設置をする人」、「保守する人」なども含まれることになります。
そして、それらの人は必ずしも「製品を操作する人」と同じとは限りません。
特に規模が大きい製品では、さまざまな立場の人がその製品に携わります。
それぞれの立場の人に応じた適切な情報を、適切な形で提供しなければなりません。
ですので、必要なすべての情報を提供しなければならないのです。
使用情報の扱いについては、もう一つ大きなポイントがあります。
それは、使用者の安全に対する配慮で、これこそがこの規格の根底にある本質とも言えるでしょう。
これについては次の項で、この規格の立ち位置を絡めながら説明したいと思います。
IEC82079-1の立ち位置を把握するには、関係する規格の体系を理解する必要があります。
そこには、IEC82079-1の根底にあるのが「製品の使用者の安全を守る」という理由があります。
現在、世界には機械類の安全に関する多くの国際規格(ISO規格、IEC規格)があります。
発端は、1980年代前後で発生した化学プラントの重大事故によって、欧州で「安全規格」が発行されたことです。
次いで国際的にも「安全規格」の策定についての動きが高まったことにより、1990年にISO/IECガイド51が発行されました。
このISO/IECガイド51(安全側面−規格への導入指針)によって、「機械安全」の規格は、「基本安全規格」、「グループ安全規格」、そして「製品安全規格」に分類され、次の図のように三層構造に体系化されています。
・基本安全規格:広範囲の製品やシステムに対し、共通で利用できる基本概念、設計の原則を扱う規格
・グループ安全規格:1つ以上の委員会が取り扱う製品類やシステム類に適用可能な安全規格
・製品安全規格:1つの委員会が取り扱う特定の製品やシステムに適用可能な安全規格
この機械安全の規格体系の中で、使用者の安全を守るための要求事項が規定されており、その方策として取扱説明書を含む使用情報についての事項も要求されています。
例えば、ISO/IECガイド51には取扱説明書に対する要求事項が規定されており、作成の原則はIEC82079-1を参照するよう記載されています。
また、基本安全規格であるISO12100では、安全な機械を設計するためのリスクアセスメントの原則・方法が規定されています。
この中で、設計者が使用者の保護方策を講じた後の残留リスクの情報は、取扱説明書で提供することを要求しています。
また、使用上の情報の作成についても規定されており、その規定ではIEC82079-1の前身規格であるIEC 62079が参照されています。
(ISO12100の最新版は2010版であり、IEC62079は2012年にIEC82079-1:2012に改訂されています。)
他にも、グループ安全規格IEC60204-1でも取扱説明書を含む説明書についての要求事項があり、参照規格としてIEC82079-1が挙げられています。
つまり、「機械安全の規格」で規定された要求事項の中に、「使用者の安全を守る」ために使用情報についての要求事項もあり、その要求事項はIEC82079-1を引用したり参照したりしているという状況となっています。
IEC82079-1:2019においても、製品の使用情報の内容を規定する規格を含む、製品固有の規格から適用・引用されることが意図されています。
先に述べた機械安全の体系に含まれる規格は、欧州で製品を流通させるために必要なCEマーキング対応のために準拠しなければならない規格が含まれます(例えばIEC60204-1など)。
この規格に準拠するためには参照規格も満足する必要があり、多くの規格から引用・参照されているIEC82079-1は、CEマーキング対応の観点からも非常に重要な規格であると言えるでしょう。
第1回の解説はここまでとなります。
いかがでしたでしょうか。
本記事を作成するにあたり改めてこのIEC82079-1を紐解きましたが、国際規格特有の表現や用語が多々あり、理解することが非常に難しいと感じております。
この記事をご覧の皆さまも、IEC82079-1を捉えることに苦労されている・悩まれている方も多いのではないでしょうか。
そのような皆さまのお役に立つ記事をご提供できれば幸いです。
次回は、IEC82079-1の2012年版から2019年版への改訂内容について解説いたします。